中世ヨーロッパで、なぜ複式簿記は普及したのか?
  現代簿記の基礎である複式簿記は、中世のイタリアで発見され、数学者ルカ・パチオリの著書
  『スンマ(算術、幾何、比及び比例全書)』(1494年)によってその仕組みが紹介され、たちまち
  ヨーロッパの商人や学者の間に広く普及しました。
    基本は財産目録と3冊の帳簿
   イタリアの豪商のもとで家庭教師をしていたパチオリは、主人が毎日、帳簿を付けることに興味を持ち、
  見よう見まねで複式簿記の仕組みを学び、それを著書『スンマ』(Summa)において紹介しました。
   その仕組みは、まず「財産目録」を作り、次に「日記帳」「仕訳帳」「元帳」の3冊の帳簿に、理論整然と
  した仕組みによって、すべての取引内容を記帳するというものでした。
   このような複式簿記の基本は、コンピュータ入力によって記帳することが増えた今日も、変わることは
  ありません。
    神の前に正当な利益を明らかにする
   14〜16世紀の頃は、商業で利益を上げることは、宗教的に好ましくない行為とみなされていました。
  パチオリは、商人に、帳簿には十字架を付し、神の名を記すように助言しました。彼は、方の許す範囲
  内で、商人が適正な利益を追求することは正当な行為であり、その正当性を複式簿記(記帳)によって
  明らかにすることは、神の赦しを得るための神への告白であると考えたのです。また十字架を付すこと
  で、商人の心の中に潜む悪意も逃げ出すという意味もあったようです。
    複式簿記が普及した理由
   記帳方法の一つである複式簿記が、中世ヨーロッパにおいて、商人のみならず教師や学者などの
  知識層にまで広く普及したのはなぜでしょうか。
  1.自分の間違いをチェックできる
   複式簿記の最大の利点は試算表にあるといわれています。借方と貸方が一致していることを確かめ
  ることで、商人は自分の帳簿の間違いをチェックできたのです。
  2.取引を漏れなく記帳できる
   普及した2つの目は、複式簿記の理論整然とした仕組みによって、取引を漏れなく記録できたことです。
  また、毎日、適切に理論整然と記帳することが、商売に対する誠実さを表すことになり、このことが、数あ
  る記帳方法の中で、複式簿記が「良い簿記」として「複式簿記を使う=道徳に正当な仕事をしている」と
  認識され、広く普及する要因になったようです。
  3.若者の精神を鍛え、想像力をつけさせる
   『イタリア式簿記の完全体系』(1751年)の著者ジョン・メイヤーは、「複式簿記の技術は、美しく、興味
  深いものである。若者の精神を鍛える手段として最適であり、機知と想像力を身につける良い訓練にな
  るだろう。さらに、ものごとを深く正確に考えられるようになるだろう」と記しています。
   「複式簿記=良い簿記」という認識が広がり、複式簿記を学ぶことが、若者の知識を高め、品性を磨き
  自己の人格形成につながるという考え方が広まったことも、複式簿記の普及につながったといわれてい
  ます。
  4.商品ごと、事業ごとの利益が算出できる
   複式簿記が、単式簿記より優れていたのは、商品ごと、事業ごとの利益を算出できることにありました。
  「複式簿記によれば、商品ごとの損益がわかるだけでなく、商売の中で注力すべきところとそうでないと
  ころを判断できる。これは商人に不可欠なことで、これがないと商売は勘と経験のみに頼らざるを得なく
  なる」(『会計士の託宣』1777年、ウォードハフ・トンプソン著)。
   今日においても、勘と経験だけに頼る経営から脱皮するためには、複式簿記による記帳と、その結果
  算出された数字を経営に活かすことが王道といえます。