The Strategic Manager 2015/OCTOBER |
株式会社TKC発行「戦略経営者10」より |
懲役三年、行ってきます |
革新者・小倉昌男 言葉の力−第6回 |
文 作家 山岡淳一郎 氏 |
最近、「アンガーマネジメント」が人気を集めている。 怒りを自己制御する心理教育だ。ストレス社 |
会らしい流行現象だが、怒りはきちんと伝えねばならないメッセージでもある。 とくに道義に反した |
不公正への怒り=「義憤」は、社会を活性化し、変える力をもっている。 |
小倉昌男の義憤は凄まじかった。 郵政省(現総務省)相手の「信書論争」はいまも官僚統制へ矢 |
を放ち続けている。 話は1984年に遡る。 三重県のヤマト運輸の営業所に東海郵政監察局から届 |
いた。 扱った荷物のなかの指示書が「郵便法で禁じられた『信書』に当たる」と文句がついた。 信書 |
の送達は国の独占業務で、違反した運送業者と依頼者は共に「3年以下の懲役か100万円(現在3 |
00万円)以下の罰金」に処するという。 小倉は始末書で応じた。 郵政省は宅急便の普及で郵便小 |
包のシェアが落ち、苛立っているようだった。 最高裁まで争う! |
94年、九州の子会社がクレジットカードを発送した際に「カードは信書、運んではいけない」と警告 |
が届く。では信書とは何か。「特定の人に対し自己の意志を表示し、あるいは事実を通知する文書」 |
という古い判例がその定義だった。 国の信書解釈は曖昧で、どう考えても理不尽である。ヤマト側 |
は「クレジットカードは貨物」とあらがい、翌年、カード配達の全国展開に踏み切った。 すると郵政省 |
郵便局長が「法に基づき厳正に対処する」と脅かす。 義憤に燃えた小倉は、「郵政省が立件するの |
なら、“待ってました” だ。 ぜひ告発してもらいたい。 そのほうがはっきりする。 最高裁まで争う」 |
と、マスコミに言い放った。 経営の一線を退いてからも郵政への攻撃の手を緩めない。 |
「もし、今もヤマトの社長なら、『お客でなく、自分だけを訴えてくれ』という。 そして『懲役三年、行っ |
てきます』 と世間に訴える。 一生懸命に配達している会社の人間を刑務所に入れていいのか、と」 |
(『経営はロマンだ!』) |
結局、郵政省は立件を見送る。その後、郵政民営化に伴って郵便法が改正され、規制が幾分緩和 |
された。 クレジットカードやカタログ、小切手などは信書ではないと判断され、民間の運送業者も運べ |
るように変わった。 小倉の怒りが官の扉をこじ開けて力になったのは言うまでもない。 |
小倉は、直接、郵政省には乗り込まなかった。 必ずメディアを介して反撃し、世論を味方につけた。 |
その意味では喧嘩上手で、怒りをコントロールしていたといえよう。 しかしながら、現在でも手紙や葉 |
書はもとより、請求書や結婚式の招待状、証明書類も信書とされ、日本郵便株式会社が独占的に扱 |
っている。 今秋、日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社が株式を上場する。日本郵政の子 |
会社の日本郵便が信書送達を独占し、 全国約19万本のポストを解放しない事実に対し、もっと義憤 |
が高まってもいいような気がするのだが・・・・・。 |