The Strategic Manager 2015/SEPTEMBER
株式会社TKC発行「戦略経営者9」より
みんながいいという人間はいいひとだ
   革新者・小倉昌男 言葉の力−第5回
    文 作家 山岡淳一郎 氏
    人事に悩みはつきものだ。 詩人の中桐雅夫は「会社の人事」という作品を残している。
  「あの課長は、人の使い方をしらんな」 「部長はむりだしいう話だよ」/ 日本中、会社ばかりだから、
  飲み屋の話も人事ばかり/ やがて別れてみんな一人になる/ 早春の夜風がみんなの頬をなでて
  いく/ 酔いがさめてきて寂しくなる/ 煙草の空き箱や小石をけとばしてみる
   ヤマト運輸を改革した小倉昌男も人事に頭を悩ませた。会社が伸びているときは「勢い」で体制内
  の矛盾も乗り切れるが、規模が大きくなると水がよどむ。 1993年、相談役から会長に復帰した小
  倉は「ヤマトは大企業病になっている。社風刷新、惰性でやってきたものを見直す」と明言し、若手、
  中堅社員に人事制度改革のプロジェクトを立ち上げさせた。小倉はメンバーにこう語りかけた。
  「一部の事務職のための制度はいらない。うちに新卒で入社して事務職に就くのは、全体の一割に
  も満たない。 一番大事なのは現場だ。競争して誰がてっぺんに立つかなんてどうでもいい。現場は
  そうじゃない。 みんなでよくならなくちゃ。 お客さまに喜ばれる。信頼される。仲間から信頼される。
  それができる人間が上がっていける制度じゃなくては意味がないんだよ」 プロジェクトのメンバーが
  「評価シート」に基づく一律的な制度の試案を持っていくと、「ダメだ」と突き返す。 例えばセールスド
  ライバーには、営業が得意な人もいれば口下手だけどお客さまに愛される人もいる。彼らが働く人た
  ち全体が一緒によくなっていける制度を考えろ、と小倉は命じた。当時、プロジェクトの一員だった現
  ヤマトホールディングス社長・山内雅喜氏は、拙著『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』の執
  全体像を正しい方向に導くポイントは、原点回帰だと気づきました。 人間性というか人間として『この
  人はいい社員だ。さすがヤマトはいい会社だね』と言われる、『ヤマトは我なり』を実現できる社員が
  いい社員で、それが評価される形にしようと方向性が見えてきました」 ようやく小倉とプロジェクトの
  ベクトルが合致した。 熟考の末、小倉は総括する。 「彼は信用できる、信頼できるね、というのは、
  結局、『衆目の一致するところ』がいいってことだ。ひとりじゃなく、みんながいいと言う人間はいいひ
  とだ」 そこからヤマトの人事は仲間どうしの「横」と、上司は部下による「下」からの評価が加味され
  た制度へ落とし込まれていく。もっとも、成果主義を排除したわけではない。 人間性と成果の両建て
  である。たとえばセールスドライバーの給与は、人柄、周りの評価で決まる「固定給」に加え「インセ
  ンティブ」と呼ばれる歩合給を設定した。人事プロジェクトの発足から制度設計まで丸2年。以来、基
  本的にはずっと同じ人事評価が用いられている。ヤマト運輸約16万人(グループ全体で約19万人)
  の社員は年に2回、上司、部下、そして10人くらいの同僚から評価され、その結果が本人にフィー
  ドバックされる。人事に「衆目の一致するところ」という原点を刻んだことも小倉の隠れた遺産といえ
  るだろう。