The Strategic Manager 2015/JULY
株式会社TKC発行「戦略経営者7」より
 10個なら、11個になるように考えよう
   革新者・小倉昌男 言葉の力−第3回
    文 作家 山岡淳一郎 氏
   社運を賭けた新規事業に挑むとなれば、焦りは禁物とわかっていても、ついつい結果がほしくなる。
  目に見える業績を残し、スタートダッシュをかけたい。 宅急便事業の草創期、小倉昌男は一刻も早く
  全国ネットワークを構築しようと急ピッチで営業所を開設した。 北海道の南の海の玄関口、苫小牧に
  は広さ2000坪の営業所を開いた。 開所して間もなく、現場を見に来た小倉は「仕事は、宅急便はどう
  ?」と幹部社員に聞いた。 宅急便の業績はお粗末だった。社員は言い訳がましいと思いつつも現状
  を伝える。「苫小牧から日高山脈の南端の襟裳岬までは、ほぼ直線ですけど、片道200キロあります。
  (当時、道路運送法で定められていた) 路線免許がおりないのでトラックが使えません。 その距離を
  毎日、軽自動車で走ります。途中で燃料を入れなくてはならないのです」 「で、どのくらい荷物はある
  の」 と小倉は鋭い眼光を放つ。社員は、怒鳴られるのを覚悟して答えた。 「一日10個です。真っ赤
  です」 ふつうの経営者なら、何をやっていると叱りつけるところだろう。しかし小倉の反応は違った。
  「そう、10個なのか・・。10個なら、11個になるように考えよう。11個になったら12個になることを考
  えればいい。 いいサービスをするんだよ。サービスが先、利益は後なんだからね」そう言われた社員
  は、「すごい経営者だ」と感服した。 
   50個、101個めざせと尻を叩きたくなるのをグッとこらえて「いいサービスが先」と原理原則を貫いて
  いる。社員は、「この人のために命を賭けてやろう」と決心したという。 さて、ここで考えてみたい。
  なぜ、小倉は「10個の次は11個、11個の次は12個」と目標を示したのだろうか。ストレートに受けと
  めれば、実現可能な数字を掲げて、現場社員のモチベーションを保とうとしたと思われる。千里の道も
  一歩ずつと、目標設定した、と。 ただ、小倉は生来、理詰めの人である。「10個の次は11個」の背景
  にどんな「計算」があったのだろうか・・・。  著者の勝手な解釈かもしれないが、小倉は宅急便事業が
  「ネットワークビジネス」だと見抜いていた。 ネットワークビジネスの避け難いジレンマは、人工密度や
  経済活動の規模によって赤字地域と黒字地域が混在することだ。
   広くて人口の少ない北海道の荷物が少量で、コストがかかるのは当たり前。一挙に黒字に転換しろ
  というのは現実離れしている。 小倉はネットワークビジネスの収支は事業総体で見ればいいと腹をく
  くっていた。 同じ赤字でも努力次第で解消できるものと構造的に難しいものがある。苫小牧営業所の
  赤字は後者だ。慌てて黒地にしろと難題を押しつけるより、荷物を届けるサービスを充実させたほうが
  得策と小倉は判断した。 北海道の辺境でも確実に荷物が届くことがネットワークの構築にとって重要
  なのだ。荷物は黒字の関東圏内だけでやりとりされるわけではない。九州の離島から送られた荷物が
  北海道の岬の町に届いてこそ全国ネットワークの価値が生まれる。
    そう小倉は割り切ったのだろう。 新規事業の「攻め」の状態でも、確実に「守る」ところを知っていた
  ともいえるだろうか。